九時起床。外は土砂降り。まるで駄目な天使たち。トーストとチヂミを食べる。組み合わせに疑問は持たない。なんの疑問もなく生きる。
十一時ころ、雨が止んだので登校。組成室にて支持体作りを続行。F40の白亜地パネルとF50のキャンバス、こちらは油性。ファンデーションホワイトを、薄く、ピンホールがなくなるまでブラシで擦り込ませるのだが、気力と体力をえらく消耗する。地塗りはできなきゃ話にならんし、できても自慢にならないから、いっそ行為自体に愛を感じないと駄目な気がする。愛の遂行。組成室で。ふう。
溶剤で絵具を緩めれば随分楽にはなるだろうけれど、堅牢性が著しく低下するらしいので、地塗りでは避けたい。
溶剤は蒸発したら残らないのに、なぜ堅牢性が損なわれるのか。
(日記から脱線します)
乾性油の乾燥の仕組みを調べ直してみた。最初、スタンドオイルが高分子化していくのと逆のような感じで、脂肪酸の分子が破壊されていくのかと推量してみたが、多分これは素朴な間違いだと思う。少なくとも分子結合と「溶剤の溶解力」とを同じ次元で見るのは規模的にもおかしいと思われる。
そもそもじゃあ、乾性油は乾燥の課程でどうやって重合するのか、これもよく知らなかったので調べてみる。
亜麻仁油を真空状態で加熱すると重合が起こる。この時「ヨウ素価が急速に降下する、つまり相当数のエチレン結合が飽和されるのである」(ゲッテンス&スタウト『絵画材料辞典』p49)。エチレン結合とはおそらくC=Cの二重結合で、飽和するという事は、おそらく一本の腕を放して別のモノマーのCと結合するということか。通常の乾燥ではここに酸素がくっつくので、ヨウ素価が下がるっていうことは別のCとの結合を意味してるんだと思う。今の俺の脳ではそうとしか考えられない。
という思考でやや頭を化学的にすると、もし溶剤で脂肪酸が破壊されたら、構造式が変わって別の物質になっちゃうのでそんなわけあるはずがないなと。なはず。
とすれば、さまざまな業者が出している「希釈すると堅牢性が落ちる」というデータは、おそらく、同面積に同量の油/溶剤入り溶き油を塗布したものと考えるのが、俺の脳には都合がいい。これなら溶剤入りの方が、薄めてあるので弱いに決まってる。
でも重合体をある程度バラす力はあるのかもしれない。半分乾燥しかけたねちゃねちゃの油も溶剤で溶かすことはできるから。
謎! 俺の言ってることは正しいのでしょうか某P君。
(脱線おわり)
ちなみにテレピンを入れると逆に強度が増すバルサムという、錬金術的というかオカルトに近い品も存在するらしい。
昼、世界堂および学食に行くため外へ。天気、晴れる。空の青さに感動。そんな心の余裕。ラーメンをたのんだらしょっぱかったので、お湯を入れた。
午後、ひたすら支持体作り。某S藤教授に、「君は性格は地味なのに、格好が派手になったね」と言われた。確かに今日の服装はパンクがかってたが。私は舞台の上だと(あるいは文章を書くと)ゴーゴーヘヴンだけれど生活世界では草のように生きてるのである。果たして身業。
夜、「スーパーマルス」に行く。
「スーパーマルス」とは、「虚の花」でも出演していた大畠が主宰する、ゲキムサの非公式練習会みたいなもので、去年から公演のシーズンオフには断続的に開かれている。
ムサビには今、ゲキムサと、このスーパーマルスと、インプロ研究室という、即興劇をやれる場所が三つあり、その気になれば週六日練習ができるという。
ちなみにインプロ研は、ゲキムサから派生した団体で独立している。ゲキムサもインプロも「客演」という形で人が入り乱れているので、端から見れば同じみたいだけど、別なのです。
そして七月のテスト期間中に、展示室全室を取り「スーパーマルス」名義で公演がなされることを知らされた夜。
そうか、いつかやるような気はしてたが。
そして深夜。限りなく繰り返される四階のアトリエへの階段での行き来。この空中楼閣に居を構えたことを今かなり後悔してきている。三年生の時、ブルータスを抱えて同じ四階まで来た時、もうこんな思いはしたくないと固く誓った決意が、二年間の間に風化していた。夜は富士山は見えない。
show-k(人の名前)が怪人マッキントッシュさんの舞台写真をくれて、あまりにも怖いので携帯の待ち受けにする。衣装と構図の関係でどういう骨格か分からないポーズで、開く度に「怪人」と思う。
昔、男の顔を待ち受け画面にしていた頃があったが、一部でホモ呼ばわりされたのでやめたことを思い出した。他人に言われてくじけるポリシーがある。初期衝動は不明だからべつにこだわってないけど(こだわらないというポリシーがある。仏教思想を参照)。
そしてビールで一日は終わる。明日こそ少女になれる気がした20080520kaneshiro
- 2008/05/20(火) 23:48:55|
- 金城孝祐(作/演出/役者/音楽)日記
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日曜日の午後、代官山、恵比寿周辺では優雅な貴婦人たちが小型犬を連れてこぞって散歩をします。足元を這い回るチワワ、ヨークシャーテリア、ダックスフント、トイ・プードル…首を紐で縛られた小さな動物たちにやがてボクは苛立ちとなんとも言えぬ焦燥感を覚え、堪えきれず、
子犬を
蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る・絶頂。
飼い主は突然の出来事、舞い飛ぶ愛犬の姿に理解は追い付かず、驚き、悲しみ、焦り、怒り、狂い・絶叫。
感情は波紋状に広がり、絶叫は絶叫を生み、北へ北へと蹴り飛ばされた小型犬の雨はやがて渋谷に降り注ぐ。キャンキャン、バウ、クーン、犬の鳴き声は宙を舞い、飼い主たちの感情は重なりあってシンフォニーとなり、高まり、そしてオンガクが鳴り響く。
秩序をもった交差点の人の流れは断末魔の歌声を聞き、歓喜のダンスを踊り狂う混沌の渦と化し、センター街では夢の国よろしく盛大なパレードが繰り広げられる。
オンガク祭は始まった。
身体表現、アートパフォ−マンスを超越したオンガクは留まることを知らず、暴徒となった人々は皆思い思いにオンガクを奏でる。
グルービーたちに乗っ取られた山手線は脱線し、こぼれ落ちるスイカの山。
砕け割れるスイカ、幾千もの破片と化す真っ赤な果肉、飛び散る種子の粒、アスファルトを濡らす果汁。
響き渡る重低音、踏み鳴らされるビートによって地下に閉ざされ、日の目にさらされることなく腐った水が滞留する地獄の入り口、渋谷川が割れた道路の下から現れ、地球が1分間に45回転を始めたとき、地獄の番犬ハチ公がブロンズの殻を破り、復活。満月に向かって蹴り殺された小型犬へのレクイエムを歌い、遠吠えし、オンガク祭は終焉。どんなオンガクにも終わりがあるのです。
参加した人々は後にこのオンガク祭についてこう語った。
「超ハードなモッシュにダイブ、マジ熱いロックフェスだった。」
「子犬の鳴き声のブレイクビーツにクールなライム、飛び交うビーフ。サイコーのヒップホップだぜ。」
「飼い主の悲劇の大合唱はベートーヴェンの第九を超えた。究極の交響曲でした。」
「こんな大規模なレイブは初めて。サード・サマー・オブ・ラブがきたのかも。」
ソウル・ミュージック、テクノ、ボサノヴァ、ブルース…
鳴らされた音楽のジャンルの解釈はまちまちだが、そこでは確かに音楽が奏でられたようだ。
- 2008/05/20(火) 03:45:19|
- 石井幸太(音響/照明補助)
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立ち、歩くこと。初歩。元気にゲルマニウム。
図書館でカラヴァッジョる。「性マタイの順境」?「聖マタイの殉教」を模写しようと欲望していたが短辺でも3メートル以上ある。世界に対してがっかり。夜まで支持体作り、それから、始まったゲキムサ気ソ連。基礎練習のことです。ですだあああああああ! というわけで、顔出して早々にストップモーションをやらされる。ストップモーションとは、速く動いて、ぴたっと止まる練習。ホームページの「エチュード」欄参照。そして「シンデレラ」のお題が出されたその時既にッ! 俺は右の靴を! 蹴り飛ばしているゥゥゥゥゥッッ! 顔を上げるとその軌道上には開かれた窓があって、僕の靴は夜の闇へと吸い込まれていった。うむ。おそらく文明そのものが俺を敵視してるのだろう。業だ。小学生みたいな愛情表現だ。恥ずかしィィィィィィィィーーーー!! というわけでキーボードクラッシャーが登場する超オタッキーなMADを紹介。「全自動カオス割り機」。ごく一部でブーム、というのは語義矛盾ではないのか?
あとこれすげーぞ。人類必見。
http://www.blublu.org/sito/video/muto.htm
- 2008/05/19(月) 22:51:24|
- 金城孝祐(作/演出/役者/音楽)日記
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脚韻の詩。口の中が何カ所か切れてる。痛い。寝ている間に血がぐるぐる回る。ぼんやり。
一昨日の夜、旧い友人、来る。冷蔵庫にあった食材で料理をする。肉が少し日にちが経っており、味が悪くなっていた。でも古代ギリシャの自由人は腐りかけのものを好んで食べたという。食文化。彼の寝言「二つ同時に元気になるの?」
うこんの力。馬鹿にならない。ビールを結構飲んだ後、ホワイトホースを買って、三分の二以上飲んだのに平気だった。その気になれば全部飲めるかもしれない。変なタイミングでの打ち上げ。変なヌードル焼きそば、変なコンビニ。そういや山崎さんはまだ生きてるだろうか。奥村土牛の絵皿、食事に使われることあらず、今俺の左斜め上の壁に掛けられている。朝顔の花の絵。
体はふわふわになり、柔らかいものに脳みそが包まれ、安定はやがて静止に、そして一輪の花のようになっていく。
そしてあらゆる述語を捨てていく。一つづつ。果実。
口の奥が少し苦い。
ゆっくり動く空気、暖かいものが上へ、冷たいものが下へ。煙草の煙は上へ。窓を開けるともう梅雨の匂いもする。
- 2008/05/19(月) 01:15:42|
- 金城孝祐(作/演出/役者/音楽)日記
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即死! ホームレス即死! 俺は俺をレバニーラーと呼ぶ! そして即死したホームレスが最後に握りしめていたつけ麺! 全ての謎は今解けた、俺はニーラレーバーの究極の合い言葉「いためもの」だ!! それが生ものから走り去る唯一の手がかりなんだ……競歩で豊島園に行こう! 凶悪バスガイドにそういわれてバスから投擲された僕の背骨は今頃首都高でスピッツなんだろ? どうせ。圧倒的に問題の多い料理が出回ってるんだろ? いいんだよ? 肉骨塊で。骨肉の魂で? それを望んでるんだろ? いーじゃんよーべつにさああああああ!! やめろ、そのボタンを押すな。自分にかけた呪いが解けなくて困っている阿部係長(理系)が花占いを始めてしまうぞ! しかもそれは幻覚だ! 目覚めよばばあ! 時は来た! おいばばああああ!! 最近ワールドワイドウェブを騒がしている「二階建ておばさん坪八百円」か、正体見たり枯れ尾花。だから本部に電信を撃つ「いやだからさあ、野菜炒めの中に生ビール入ってるのよ。頼むよ……お金は払いませんから! ぼくはとうぜんのけんりをしゅちょうしているだけであってそれはせいとうかつこうせいなおこないなのです! 二度と同じ真似をしてみろ、エアメールに知らないおじさんのキスマークがついた油紙を添付してやる!!」それが本部との最後のやり取りだった。俺は怒りに任せて自転車を走らせて遠い町へ、どこか知らない遠い町へ、とにかくここではないどこかへ、行く途中にすっかり少女になってしまった。「あの、ここで働かせてください!」「お嬢ちゃん、社会勉強が足りないようだね……俺が大人の世界の怖さを教えてやるよ」そう言われて奥の部屋へ連れて行かれ、三十人の殺し屋相手に勝ち抜きバトルをやらされ、俺の両手が三十の屍の返り血で真っ赤になる頃には日がもう昇っていた。「お嬢ちゃん……いや、レバニラと呼ばせてもらおう」こうして俺は俺をレバニラと呼ぶようになった。「ばばあ、起きろ!」それから50年経った。かなしいわ、ああかなしいわ。全部独り言なんだもん。しかし二重結合しない主義ですから! 酸素! 許せん! こうしてあるレバニラ野郎は酸素を真っ二つに斬り、OとOの原子は失われた片割れを求めて永遠に彷徨うのです。憶えてる? 失われそうな景色を抱きしめて眠った夜を。豊島園でおすもうさんがハヤシライスをもりもり食べる音を。聞こえる? そこまで。俺が嵐の夢を見ないですむように徹夜でここではないどこかに競歩で行こうと思います。耳にへばりつくもーりもり! もーりもり! とそれに伴うおすもうさんがハヤシライスを食べるビジュアルのフラッシュバック。いやあああああああああああ! 嫌! お気づきですか? 「嫌」という漢字は「女を兼ねる」と書くんですよ? だから俺の中にもまた少女を兼ねる部分があることを誰にも否定させない。俺は少女になる。俺は少女になる! 少女になってつけ麺を食べる! 「うまい……ああ、うまい……」駄目だ、うまく想像できない。どうやら俺にはまだイマジネーションのレベルが足りないみたいだ。そして人生の師匠である冒頓単于さんの言葉を思い出す「足りなければ足せ」そう! ボタンはすでに押されている! 骨肉の魂が湧き上がる! 三十の屍と五十年の歳月が俺にセーラー服を着る勇気を取り戻させた! 「また見つかった」「何が」「永遠が。 それは 太陽とひとつになった 海だ」そして俺は幻のセーラー服をまとって幻のカントリーロードを走る幻のホームレスであり、今まさに目の前に迫り来る四トントラックと即死の運命を約束されているのです。虚無!
- 2008/05/16(金) 03:13:05|
- 金城孝祐(作/演出/役者/音楽)ポエム
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